ライオンとユニコーン ―連合王国の紋章学―

イギリスでは、ウィリアム王子とキャサリン妃の第二子の誕生目前で盛り上がっているみたいですね! 今回はイギリスの王室とも関係が深い、紋章についてのお話です。

みなさんはイギリスの国章ってご存知でしょうか? 
ユニオンジャック? いえいえ、国旗ではなくてですね。

国章は国を表す公式の紋章ということで、イギリスはこんなのを持っています。
イギリスは現役の王国なので、(女)王様の紋章=イギリスという国全体の紋章となります。



日本にはそもそも法律で決まった国章というものがないので(一応菊のご紋を慣例的に使用中)、「国章」って存在自体あんまり馴染みがないですよね…

ビシッとシンプルなデザインが求められる国旗と違い、国章には国の象徴をわんさかと詰め込んでいる国も多く、見ているとその国の歴史や文化が垣間見れて面白いですよ。

イギリスも、連合王国を構成する4つの国(イングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズ)の要素を、一つの紋章に盛り込んでいます。




◆イギリスの国章

上の図では周りがごてごてしていますが、紋章学的に一番重要なのは中央の盾の部分です。
内部が4つに分けられていて、それぞれ、左上・右下はイングランド、右上はスコットランド、左下はアイルランドと、イギリスを構成している国々の紋章を寄せ集めたものです。

しかし、この国章は昔からこの通りだったわけではありません。
イングランドの「3頭のライオン」から始まって、イギリスの歴史とともに変わってきたのです。


★左上・右下: イングランド


3頭のライオン(The three lions guardant)

その勇猛さから獅子心王と呼ばれたリチャード1世のころ(1198年くらい)から、イングランドを代表するようになった紋章。

すべてはここから始まりました。




★右上: スコットランド



前足をあげた赤いライオン(a lion rampant)
現在のスコットランド議会の紋章でもあります。
 
1603年、スコットランド王とイングランド王が同じになった(同君連合)のを機に追加されました。




★左下: アイルランド



金のハープに銀の弦(a harp or stringed argent)
アイルランドの紋章。

アイルランドの植民地化を進めるという意味で、これも1603年に追加。






つまりイギリスの国章は、国がその領土を広めるたびに現在の形に近づいていったのですね…

ちなみにアイルランドのハープは、割と他のところでも使われていて、



 ギネスブックでもおなじみ、ギネスビールとか、







安すぎて心配になってくる(けど、すごいお世話になった)格安航空会社Ryanairさんとか、



どっちもアイルランドの会社です。


・・・えっ、ウェールズ要素は?? 

っていうのは私も完璧には解決できていない疑問なんですけど、

ウェールズはかなり早い段階にイングランドに占領され、イングランドの一地方とみなされてきたことから、特に別枠設けなくてもいいか、みたいな感じだったようです。

(4つ枠があるんだから、4国で均等に使えばいいのに…(^ ^;))

※超簡単に3国の要素だけ説明していますが、本当はもっともっと複雑に変化しています。現在のような形に落ち着いたのは、1837年のヴィクトリア女王のときです。


◆イングランド優位?

このウェールズのこととも関係があるのですが、この国章はかなりのところイングランドを中心とした紋章となっています。


紋章学的には、向かって左上が一番位が高く、次に右上、左下、右下と続きます。

イングランドは左上に陣取っているうえに右下も取っている、かなり強いポジションを占めていることになりますね。





先にも書きましたが、イギリスはかなり本来的な意味で王室が生きている現役の王国であるため、国の紋章=(女)王様の紋章なんですよね。そしてその王様は、イギリス全体の王様である以前に、イングランドの王様であるわけです。

4つの国の連合といいながらも、イングランドがその他を併合する形で大きくなってきたイギリスの歴史を考えると、この配置もやむなしなのかな...

◆サポーターの話

あと、もう一つ注目したいのがサポーターです。


サポーターというのは、紋章の中で一番重要な盾をわきで支えている、盾持ちのことです。

イギリスの場合はライオンユニコーンなのですが、これはそれぞれイングランドとスコットランドの国獣(National Animal)なのです。

国獣が想像上の動物ってどんなファンタジー国家だよと突っ込みたくなりますが、そういえばウェールズもウェルシュ・ドラゴンが国獣だから、もしかしたらそんなに珍しいことではない…のか?




それぞれの国の象徴である二頭を見ていて、気になることがいくつか。

気になることその1: ユニコーンの首にかけられた金の鎖


ユニコーンだけってところが何となく意味深。スコットランド併合の経緯とか、去年、独立選挙であれだけ盛り上がったことを思うと、変に勘繰っちゃいますよね。

一応公でなされている説明としては、「ユニコーンは伝統的にとても凶暴な生き物とみなされてきたため」。

ユニコーンがライオンより凶暴なんてそんなわけあるかと思って調べてみたんですが、ゾウと互角に戦っていたり、乙女にしかなつかないのに、相手が処女じゃないとわかるとすごい絶望して相手を八つ裂きにしにかかってきたり、あれなんか思ったより大変そうな生き物だった。

\\うおおおおおおお!//


『クイーン・メアリー詩篇集』(The Queen Mary Psalter)第100葉裏 (1320年ごろ、大英図書館蔵)
http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/14792/%83%86%83j%83R%81%5B%83%93/2/

気になることその2: ライオンの頭上にだけかぶせられる王冠


イングランド王にとってみれば、自国のシンボルに王冠をかぶせるのは当然のことなのでしょうが、この非対称性はちょっと気になります。

ライオンとユニコーンとの王冠にまつわる話は、イギリス文学の世界でも、しばしば見られるテーマのようです。

イギリスの童謡集であるマザーグースには、その名も "The lion and the unicorn" 「ライオンとユニコーン」という一編の童謡があり、

  The lion and the unicorn,          ライオンとユニコーン  
   were fighting for the crown.       王冠かけて争った

  The lion beat the unicorn,         ライオンがユニコーンを討ち、
   all about the town...            街中追いかけまわす


と詠っています。



これは、スコットランドが独立を事実上放棄した1707年のイングランドとスコットランドの連合法、そしてそのあとのスコットランドの反乱・イングランドによる制圧を指しているとされていますが、はてさて。



伝統、と言われてしまえばそれでおしまいなのですが、ライオンの頭上にだけ輝く王冠が、マザーグースの詠う王冠争いの結果だとするならば、少し悲しいものがありますね…。




おとぎ話の挿絵画家ウォルター・クレインの絵
wikimedia commons: 
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Walter_Crane._Lion_and_Unicorn.jpg




スコットランドの国章

こんなきな臭い感じの国章、スコットランドが認めるんだろうか…って思っちゃうんですが、スコットランドの首都、エディンバラに行ってきた先輩が、面白いことを教えてくれました。

「スコットランドで使われてる国章って、イングランドと違うって知ってた?」
「!?」


ということで、さっそく比較してみましょう!






どうでしょう。左がこれまで見てきたイギリス(イングランド)の国章、右がスコットランドで使われている国章です。

ぱっと見で目立つのは、サポーターのライオンとユニコーンの位置が逆になっているところ。
それから盾の中身も、イングランドとスコットランドの位置が入れ替わっていますね。

これは、向かって左側の方が紋章学的に優位という法則に従い、スコットランドが強い位置に変更されているからです。

そしてユニコーンの頭に輝く王冠!! ほら、やっぱり気にしてたんじゃん!


他にも、てっぺんにいるライオンがスコットランドの赤いライオンになっていたり、下の方に国花であるアザミを敷き詰めたりと、いろんなところでスコットランド色を出しています。

スコットランド内の政府刊行物などには、こちらの国章を利用しているそうです。


◆身の回りの国章

気をつけていると、イギリスでは日常生活のいたるところで国章を目にする機会があります。

① コインの裏

これは以前ブログに書きましたね→1£コインのUK学















② パスポート

もちろん英国人のですが。パスポートの表紙に国章が描いてあるのは、日本も同じですね。
あ、学生ビザにもプリントされていますね。

③ 政府・王室関係の建物

バッキンガム宮殿の周りとか大量発生してるぞ!















↑ バッキンガム宮殿の門扉


我らがヨーク大学の歴史系学部が使っている古い建物、キングス・マナーにも。
かつて王の滞在場所だった、由緒正しき建物です。

















④ 冷蔵庫の中、暖炉の中

――から、いつもあなたを見ている。かもしれない(笑)



ぜひ見つけてみてくださいね!


◆おわりに

本当は周りのアクセサリー(ヘルメットとか羽飾りとかリースとか)にもそれぞれ意味があるんですけど、さすがに全部書くのは大変なので、興味があったらみなさんも調べてみてくださいね。

日本語でもすごい詳しく説明してあるWeb pageがあって面白い…というか、ちょっと細かすぎて圧倒されます(笑) 紋章学は色から形にいたるまで、ものすごいきっちりしたルールがあるので、マニア心をくすぐるんだろうなあと思います。

あと、私は英国史を専門でやっているわけではないので、一応一生懸命調べてはいますが、歴史のことに関しては話半分できいてくださいね。

次回は、紋章関係でもう少し身近な話題でいきたいと思います。

それにしても、ウィリアム王子とキャサリン妃の第二子楽しみ!


参考文献・Web

Fearn, Jacqueline, 2006. Discovering Heraldry. 

ヨークのAncestral nameとかいう紋章屋さん?で買ったポスター

Acts of Union 1707 ―Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Acts_of_Union_1707

Royal coat of arms of the United Kingdom ―Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Royal_coat_of_arms_of_the_United_Kingdom

イギリスの国章 ―Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%9B%BD%E7%AB%A0

紋章に歴史あり イギリス国王であるエリザベス女王の紋章解説
http://lastline.hatenablog.com/entry/20091123/UK

ライオンとユニコーン ―Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B3


記事中で使った紋章は、Wikimeida commonsより引用。一部改変あり。


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