Kingsman: The Secret Service 紳士とスパイの映画分析


イギリス最後の夜、ロンドンに滞在していた私は、一人で映画を観に行きました。

映画館に行く前は、ブラジルのゴミ山で一生懸命暮らす少年たちの、ハートフル映画を観ようと思っていたのですが、映画館でパンフレットを見て予定を変更。

観た映画は、

『Kingsman: The Secret Service』



Christian Sosa  https://www.flickr.com/photos/photographus/16335384999

「紳士×スパイ」という、イギリスの大好きな組み合わせのアクション映画。
紳士なスパイがパブで大暴れしたりアメリカで大暴れしたりします。うわこの紳士すごく強い。

アクション・コメディ物で、単純に言うなら、とてもかっこよくて面白かったんですが、映画の中の描写から考えさせられることが多くて、ある意味、イギリスの文化にわくわくしながら過ごした9か月の締めくくりに、ぴったりの作品だったと思っています。

今回は、この映画からみた紳士とスパイ、それとイギリス社会について、お話しようと思います。



設定の説明のため、簡単なあらすじは書いていますが、一応重大なネタバレはしていないと思います。

著作権の関係であんまり写真は載せられないようなので、ぜひ下の公式PVを見てくださいね。


◆あらすじ






↑Youtubeの公式PV。結構ファイトしているので、苦手な人は気をつけてね。

主なキャストは、『英国王のスピーチ』で王様役を務めたColin Firth(Harry Hart役)と、注目の新人Taron Egerton(Eggsy役)です。


1997年。中東のとある場所で、イギリスの秘密組織のメンバーが殉職を遂げた。
同僚のHarry Hart(ハリー・ハート)は、殉職メダルを持って彼の家を訪れる。
泣き崩れてメダルを受け取ろうとしない妻。ハリー・ハートは、そばにいた彼の幼い息子、Eggsy(エグジー)にメダルを手渡す。

「何か困ったことがあったら、裏に書いてある番号に連絡しなさい。お母さんをちゃんと守るんだよ」

それから17年後。
青年に成長したエグジーは、仕事にも就かず、ロンドンの下町で無気力な日々を送っていた。父の死後、母親は身を持ち崩し、家族はゴロツキのような男に依存するようになってしまったのだ。

そんなある日、エグジーは他の青年とのいざこざから事件を起こし、警察に逮捕されてしまう。
警察署での取り調べ中、エグジーは幼いころから常に首から下げていたメダルのことを思い出す。
取り調べの合間に掛けた電話番号は、思いがけずもつながるが、要領を得ない会話で終わってしまう。
万策尽きたとうなだれたエグジーだったが、突然警察から声がかけられる。
「釈放だ。出ろ」

訳がわからず外に出たエグジーは、警察署の前で紳士然とした一人の男と会う。

「あんた誰?」
「君をここから出した男さ」

彼は17年前にエグジーにメダルを手渡したハリー・ハートであった。

"Kingsman"という特殊諜報機関のエージェントであるという彼は、エグジーの中に眠る才能を見抜き、こう持ちかける。

「お父さんのようにきちんとした振る舞い方を身につければ、君は変わることができる」
「興味はあるかね?」

こうして彼は、Kingsmanの新たなメンバーの座をかけて、世界一危険な「就職試験」に臨むこととなった。

スパイになるための修業をつむエグジーと、それを見守るハリー・ハート。
その裏で、彼はアメリカの実業家Mr. Valentineが不穏な動きを見せていることを察知し、捜査を開始するが――


******************

一言でいうなら、「イギリスのイギリスによるイギリスのための映画」! でした。



イギリスお得意のスパイ・アクションものなんですが、原作者(元はコミック)、監督、メインの役者にいたるまでイギリス人なのはもちろん、映画全編にわたって、イギリスの「好き!」が目いっぱい詰まっている感じ。



無駄にブラック・キャブ(ロンドン名物・黒いタクシー)で移動したり、最新機器がそろっているはずの倉庫が20世紀初頭の「古き良き」鉄骨建築だったり、ベタベタなイギリスが楽しいです。




ここからは、この映画で重要となってくる要素についてお話しようと思います。



◆要素1:紳士と階級社会


Kingsmanのベテランスパイであるハリー・ハートは、常にびしっとスーツを着こなす典型的な紳士です。それに対して、エグジーはラフなジャンパーに砕けた口調。

この映画の中で象徴的に使われているフレーズが、


"Manner maketh man."   『礼儀が人を作る』


※maketh は、makesの古い形。

これはイギリスで言われている格言の一つで、14世紀後半、オックスフォード大学のニュー・カレッジを創設者した、William of Wikehamの言葉です。

身に付けた立ち居振る舞いのマナーが、その人自身の格を決めるということなのですが、イギリス社会では特にそうなのかなあと思います。


「イギリスは紳士の国」と言われますが、全員が全員、紳士なわけではありません(紳士の定義をどう置くかにもよりますが)。

イギリスが階級社会である、という話は、聞いたことがある方もおられると思います。







イギリス社会は、おおまかにいえば、

Upper Class 上流階級 (王族、貴族など。あんまり日本にはいないタイプ)
Middle Class 中産階級 (会社員、銀行員、先生などのホワイト・カラー)
Working Class 労働者階級 (工場労働者などのブルー・カラー)

という三つの階級に分かれているといわれています。

この階級は、基本的には、就いている職業、そしてそれに伴ってもらっている給料で分かれていると考えられます。この差が結構大きくて、大学に行っているのは中産階級以上の家庭の子で、結局子供たちは親と同じような職業に就くといいます。

確かに日本でも、お金持ちの家の子供は、教育に力も入れられて、いい大学に入りやすいとう部分がありますよね。

ただ、日本と違うなと思うのが、それぞれの階級の中で、話し方や文化、服装が違うと言われている点。階級が違えば、よく聴く音楽も、読んでいる新聞も、普段使うスーパーさえも違うということ。そして異なる階級の人々の間では、あまり交友関係が結ばれないといいます。

そのため、その人の話し方、振る舞い方は、家庭環境や教育レベルと強く結び付いていると考えられるのです。おそらく私たちが持つ「紳士」のイメージは、中産階級の中ほど以上に該当するのではないかと思います。

紳士になるためには、お金持ちになればいいという問題ではなくて、紳士としての振る舞い方を身に付ける必要があるのです。

Kingsmanでは、この階級による文化の違いが、様々な場面で描かれています。

冒頭の場面、ハリー・ハートが同僚の家を訪ねる場面では、置かれている家具も上等な、しっかりしたものだったのに、17年後にエグジーたちが住んでいる家は、すさんだ感じでボロボロの集合住宅。

元は、紳士の父の元で中産階級的な生活をしていたであろうエグジーは、服装も言葉遣いもラフな、労働者階級の青年に成長しています。

紳士スパイとしての訓練を始めてからも、エグジーとすでに紳士たるハリー・ハートや他の候補生は、知識や常識の面で不可思議なすれ違いを繰り返します。

紳士も紳士で、教養はあるのに俗っぽいニュースには疎かったりして、そこが笑いのツボでもあります。


◆要素2:スパイ


紳士とスパイっていうのは、イギリスでは割と親和性がある組み合わせのようです。

「紳士だからこそ汚い仕事ができる」


イギリス・スパイ組織の父といわれるフランシス・ウォルシンガム(1530-90。かなり昔の人)は、そのモットーの元に、スパイのリクルートを、オックスフォードとケンブリッジという、未来の紳士候補生である、両大学の卒業生に限定しました。

エグジーにはじめて会った他の候補生がやけに身なりが良く、自己紹介の後、

「で、君はオックスフォード? ケンブリッジ?」


と嫌味なことを悪気なく聞いてくるのは、ここらへんの伝統が影響しています。

イギリスはスパイ大国で、戦時中は各国に散らばったスパイから最新の情報を集めて、高度な情報戦を繰り広げていたといいます。

Kingsmanは、政府とは関係のない組織のようですが、イギリスで有名なのは、MI6(海外諜報)MI5(国内防諜)などの軍事諜報組織ですよね。(正式にはSIS:security intelligence serviceという名前だそうです)

かつてイギリス政府はそれら諜報組織の存在を公式には否定していたのですが、冷戦が落ち着いた1993年にその存在を公表。

それ以来なんか開き直りが激しくて、1994年にはテムズ川沿いにやけに目立つ新しい本部を建てたり、


別名「テムズ川のバビロン」 


2005年からはインターネットで職員の公募をかけたりと、もはや潜む気ゼロである。

ちなみに2015年6月5日現在、諜報員、ITの専門家、ロシア語・中国語・アラビア語に堪能な人を募集中だ!

MI6の採用ページはおもしろいのでオススメ。

先輩社員ならぬ先輩スパイの話が載っていて、なんかすごいテロとかに目を光らせつつ、南アジアの国での生活をエイジョイしていたり(私生活も充実!)、「私が今大切にしているものは、この仕事と、一人娘と過ごす時間です!」と女性にも働きやすい職場をアピールしてくる。


MI6採用ページ “先輩の声”↓
https://www.sis.gov.uk/careers/roles/intelligence-officers/profiles.html


新しい本部は、ターナー・コレクションで有名な美術館、テート・ブリテンの川向うにあります。
さらにGoogle mapで検索をかけると、63件の口コミがあって平均評価が5点中4.3の人気施設だった(笑)

みなさん、ロンドンにお立ち寄りの際はぜひ! (ただし近距離で写真を撮ろうとすると怒られるらしいので注意)

◆要素3:紳士服店


秘密組織の一員であるハリー・ハートが身をやつしているのが、"Kingsman"という名前の紳士服店のテイラーです。

お店の外観を映す前のシーンで、目にこびこんでくるのは、"Savile Row W1"の文字。


Savile row (サヴィル・ロウ)というのは、ロンドンの中心地にあり、オーダーメイドの高級紳士服店が軒を連ねている通りです。

日本語でスーツを表す「背広」という言葉が、この通りの名前がなまったものから来ている!
というのは、本当かどうかよくわからない面白い説(^-^)

この映画では、実際にSavile rowでロケが行われたそうで、そのときに使った店舗は、Savile row 11番地のHuntsman。なんでも、原作者がここでオーダーメイド・スーツの採寸を行っている時に、このお話を思いついたんだそうだ。

(Michael Cress撮影
https://www.flickr.com/photos/nysartorialist/6858390992)




私はSavile rowは行ったことはないんですが、ロンドンには他にも紳士服店が集まっている通りがあって、そこのショー・ウィンドウを覗くのはとても楽しかったです。





伝統を感じさせる雰囲気、ぴかぴかの革靴、堂々と姿勢の良いマネキンに着せられたスーツ…

映画を観た後、かっこよすぎて私も紳士になりたいと思っちゃいましたよ^^;
男性のみなさま、万が一紳士になる予定があればご連絡ください。私もお店の中についていきたいです(笑)


◆感想


私がすごく興奮した"Kingsman"の魅力、きちんと伝えられたでしょうか。

この映画の面白いところは、イギリス人の考える「ステレオタイプ」が、よく表れているところだと思います。がちがちの紳士に、典型的な下町の少年に、バリバリのアメリカ人に。

残念ながら私は、この映画に出てくるような紳士然とした紳士を、9か月のイギリス生活の中で一回も見たことがありません(笑)

ただ、映画の中に出てきたのと同じような紳士アイテムを売っているお店が現にあるのですから、きっとあんな突き抜けた紳士も、イギリスのどこかに存在しているんだろうと想像しています。

ついでに言うと、私は「階級社会」もあまり実感なく過ごしていました。
大学という、すでに似たような人たちが集められた場所で、留学生として過ごしていたせいかもしれません。
上で説明した話は、もっと長くイギリスで生活した人に聞いた話や、書籍の情報をだいぶ頼りにしています。


まあ難しいことはさておき、私はこの映画をイギリス人に囲まれた状態で観ながら、
彼らと同じジョークで笑えたときはとても嬉しかったです。彼らけっこう、声出して笑うんですよ。



そしてなんと、2015年9月11日に日本公開予定というニュースが飛び込んで来ました!!

日本語版でエグジーとハリー・ハートの口調の違いとか、どう訳すのか楽しみだなあ。

今回紹介した以外にも、007やらアーサー王伝説やら、イギリスが大好きな設定をこれでもか! と盛っている映画なので、ぜひそれらを見つけながら楽しんでもらいたいです!



◆参考文献・Web

川成洋, 石原孝哉(2012)『ロンドンを旅する60章』, 明石書店.

Kingsman: The Secret Service 公式ホームページ (音が出るので注意)
http://www.kingsmanmovie.com/

Kingsman: The Secret Service --Wikipedia

MI6のホームページ
https://www.sis.gov.uk/

秘密情報部 ――Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%98%E5%AF%86%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%83%A8

サヴィル・ロウ――Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%A6



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