ろいやるわらんと! -紋章学日常生活応用編-



紋章学シリーズ 第二弾です。
第一弾はこちら→ ライオンとユニコーン:連合王国の紋章学




前々回の記事で、イギリスの国章がいたるところで見られることを紹介しましたが、今回は、その知識を日常生活に応用しよう! 編です。












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ロンドンの中心に、メイフェアと呼ばれる地域がある。
かつて貴族の邸宅が立ち並んだというこのエリアは、現在では高級品店が軒を連ねる、ロンドン一の商業地区となっている。


ロンドンに出てきた私が、メイフェアのど真ん中を南から北へ突っ切ろうと思ったのは単なる気まぐれだった。それが単に目的地への最短ルートであるからと、考えなしにボンド・ストリートに踏み込んだ私は、すぐに後悔することになる。

ファッションに疎い私でもわかる、ルイ・ヴィトンやバーバリー、その他全く知らないが何かヤバい感じの世界の高級ブランド店が両脇に延々と続く。それら一軒一軒の店先に黒服のガードマンが立って、往来に目を光らせていた。




リュックサックにパーカーと、完全に学生スタイルでヨークから出てきていた私は、歩を進めるごとに何とも気まずい思いに駆られていった。

完全に場違いな気がするし、黒服にも睨まれているような気がするしで、ショーウィンドウすらまともに覗けなかった。見るのはタダなんて、そんな風にすら思えなかった。

無駄に神経をすり減らしてその通りを抜けた私は、一日中歩きづめだったことに気付き、座って何か飲みたくなった。もうあの通りには戻るまいと少し脇の道に入り、喫茶店を探す。

しばらくやはり繁華な街をうろついて、やっとここなら私でも入れそうだという、感じのいい喫茶店を見つけた。えいやと思って飛び込む。カウンターで初老の男性が顔を上げた。

疲れたような顔をして入ってきた私を見た彼は、困ったような顔をした。
「申し訳ありませんが、ティー・ルームは17時半までとなっております」
時計を見るとその時刻まであと20分である。彼の言葉には、それは十分な時間ではないだろう、という含みが感じられた。

--ついてないや。何となくうまくいかない日だと店を出ようとした私を、彼が呼びとめた。
「ティー・ルームは無理ですが、茶葉だけでも見ていかれませんか」
「…はあ…」

私は、カフェのランチセットなどで「紅茶かコーヒーをお選びになれますが」と言われたら「あ、じゃあ、紅茶で」と答える程度の紅茶派である。もちろん紅茶の茶葉など自分で買ったことなどなかった。

とりあえず、勧められるままにカウンターに寄る。店主であるという彼は、次々と茶葉の入ったビンの蓋を開け、「これは春の紅茶、夏の紅茶」とブレンドを説明しながら香りをかがせてくれた。

茶葉を私に見せながら、彼はいろいろなことを話してくれた。店には日本人もよく来るのだという。
「Tokyoにも支店があるんですよ」
私が驚いた顔をすると、店主は自慢げに笑った。

「この店は私の祖父の代から家族でやっておりまして…それに、Royal Warrant もいただいているんです」
「ろいやるわらんと?」
聞き慣れない言葉だった。

「ええ、」
店主は微笑むと、コーヒー用のブリキ缶が並ぶ店の奥を誇らしげに見やった。
視線の先、そこには、ライオンとユニコーンが盾持ちを務める、英国国章のレリーフがひっそりと掲げられていた。



「英国王室御用達です」


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前ふりが長くなりました^^;
というわけで、今回は紋章学にひっかけて、ロイヤルワラント、英国王室御用達のお話です。
それにしても、英国+王室+御用達ってすごい字面ですね。やばい臭いしかしません(笑)

王室御用達というと、とんでもなく高級なお菓子とか、うん百年続いている老舗とか想像しちゃいますが、イギリスの御用達事情が意外と面白かったので、今回はそれについてご紹介します。

◆紋章と御用達


イギリスでは王室御用達に任命されると、お店や商品のパッケージにイギリスの王家の紋章を使うことが許可されるんだそうです。

イギリスの王室御用達マークには、次の3つのパターンがあります。一番左は、前回紹介したイギリスの国章と同じですね。


何が違うかっていうと、任命者が違うわけで、左から、エリザベス女王様、チャールズ王太子、それから女王様の夫のエディンバラ公フィリップ殿下の紋章です。今のところ、王族の中でもこの3名の方だけがそれぞれ御用達を任命できます。

前回、イギリスの国章=エリザベス女王の紋章ということは話しましたが、イギリスの紋章は日本の家紋と違って個人単位のものなので、同じ王族でもみなさんデザインがバラバラなんですね。

イギリスでの王室御用達は、12世紀にヘンリー2世が織物会社を王室お抱えにしたのが現在確認できる最古の例なんだそう。

そしてこの英国王室御用達、今ではなんと約800も保持している個人や業者がいるらしい。

えっ、800??!


◆イギリスの御用達任命システム


日本の皇室にも御用達はあるようなのですが、それを利用して業者が営利に走ることをよしとしないところがあるようで、リストのようなものはあまり公開しないようですね。

それに対して、イギリスでは御用達に関する制度をきっちり定めて、業者のステータスとして積極的に利用しようという雰囲気があります。

御用達は、高い水準のサービス、質、卓越を認められた業者に文書の形で与えられます。

しかし、御用達に任命されるというのも簡単ではありません。

最低でも7年中5年間、恒常的にその商品、またはサービスを提供してはじめて、王室御用達に応募する資格を得るのです。

そう、ちょっとびっくりしたのが応募制ってことです。毎年3月から5月にかけて募集を行います。
もちろんすぐに女王様たちに見てもらえるわけではありません。王室御用達委員会みたいのがあって、まずはそこで整理をしてから王族に推薦するやり方をとっています。

そしてその任命対象が驚くほど広大で、チョコレートやワイン、宝飾品はもちろん、トイレ用品、お風呂の設備、害虫駆除からコンピューターのソフトウェア業者まで認定されています。

晴れて任命されると、王室御用達であるということを堂々と名乗り、任命してくださった王族の紋章を、店舗、商品パッケージ、広告などで利用する許可が下りるのです。




しかし、やっと任命されても、5年ごとに審査が入って、もはやかつての質を保っていないと判断されると、資格はく奪ということも…。王室御用達協会のホームページによると、「毎年20から40くらい入れ替わっている」のだそう。

最近では環境への配慮とか、持続可能性についての方針とか、今後のアクションプラン(経営計画)とかも示さないといけないらしい。自分の店に王室の紋章を掲げるってことには大きな責任が伴うんですね…

そうは言っても、王室御用達に任命されるということは、業者にとってとても名誉なことであり、それによって彼らに対する信用が強く保証されることに変わりはありません。


◆H.R. Higgins コーヒー・紅茶店


メイフェアで私が入った紅茶のお店というのは、H.R. Higginsさん。地下鉄Bond Street駅近く、Duke Streetにあります。ヘンデルの家とかわりと近い。

店構えはそんなに目立つわけではないんですが、中に入ると木の内装で、とても落ち着いた雰囲気で素敵です。



ちなみにHiggins社が女王様からいただいている文面は、

By Appointment to Her Majesty the Queen
Coffee Merchants 
H.R. Higgins(Coffee Man) Ltd.

Appointmentは任命、Her Majestyは日本語の陛下みたいな尊称なので、「女王陛下御用達コーヒー商 H.R. Higgins」という感じになりますね。

そう、このお店で私は紅茶を見ていたわけですが、御用達としてはコーヒー部門なんですよね(笑)

創業は戦時中の1942年。
当時、圧倒的に紅茶派が多く、コーヒーは一部の人だけが好む「難解な趣味」と思われていたイギリスにあって、コーヒーの素晴らしさを広めようと奮闘したのが先々代ハロルド・リーズ・ヒギンズさんでした。

御用達認定は1979年。英国初のコーヒー御用達店になりました。
それから35年、現在は三代目が中心になっておじいさんの作ったお店を守っているそうです。

Higgins社のホームページによると、女王様からコーヒーの注文があればすぐにバッキンガム宮殿に届けに行き、女王様が飛行機に乗るときは、その機内で飲むコーヒーもHiggins社が準備しているんだそう。

さて、英国王室御用達と聞いてびっくりした私は、おそるおそる、一番安く買える値段を尋ねました。さぞかし高いだろうな、買えそうになかったら諦めようとびくびくしていたのですが、

「125グラムで5.75ポンドです」

…あれ。5.75ポンド(当時1000円くらい)なら、買える、かも…?

せっかくイギリスに来たんだし、このままちゃんとした紅茶の一つも買わずにいるのはさびしいし、もう二度と英国王室御用達なんてものに触れられないかもしれないし…

ってわけで買ったのがこちら!





Higginsの人気商品Blue Lady

中国茶葉に乾燥させたマリーゴールド、アオイを混ぜて、グレープフルーツの香りをつけています。味よりも香りが好きかもしれません(笑)


買ってみてからわかったことだけど、125グラムって結構多い。

紅茶はティーカップ一杯に対して、茶葉2.5-3.0グラムが最適とのことなので、なんとこれで50杯くらい飲めるってことだ!


イギリスのお店で紅茶を飲もうとすると、安くて1~2ポンド(180~360円)なので、これは良い買い物をしたなと思っています。

イギリスでは、今日は疲れたなあと思う日は、帰ってこの紅茶を飲んでました。砂糖をたっぷり入れて飲むと、柑橘の香りが口の中に広がるようで幸せです。






他にも、春夏秋冬それぞれの季節に合わせた紅茶があって、素敵だなあと思っていました。




さて、紋章関連に話を戻しましょう。

袋を良く見ると、上の方に国章がプリントされていたり、












お店のパンフレットの表紙にもばっちり写りこんでいたり(下の方)と、ワラント保持者の特権をしっかり利用しているんだなーとわかります。




◆身近に潜むロイヤルワラント


さて、紅茶を手に入れてから少し気分が豊かになったなーと思っていたころ。
寮のキッチンで使っていたマヨネーズを見て、




びっくりして手に取った。




あれ!?


マヨネーズお前は御用達商品だったのか!!?

まさかと思ってそこにあったケチャップを振り返ると、


ケチャップお前もか!!

驚いて冷蔵庫と棚をあさったところ、さらに胡椒と砂糖と、HPブラウンソースという使い方がよくわからんソース(色が茶色いからとんかつソースみたいなものかと思って買ってみたけど、似ても似つかない味だった)も御用達マークが付いている商品であることが判明した。

言っておきますが、実は私がものすごくリッチな学生だったとかそういうわけではありません。
件のマヨネーズなど、Nisa(ヨーク大の生協みたいな店)で1個1ポンド(日本でいう100円)で山積みにされていたやつである。

これはどうしたことだと調べてみると、

ロイヤルワラントは、業者に与えられ、そのビジネス全体に紋章の使用許可が出るものなので、王室の紋章が付いている商品が、王室に提供している商品そのものであるとは限らないということがわかりました。

Higgins社や英国王室御用達協会のホームページによると、ワラントの濫用を防ぐために、実際にどの商品・サービスをどのように王室に提供しているかは、秘密にしているのだという。

そうかー、じゃあこのケチャップは別に王室が認める最高級ケチャップってわけじゃないのか…

まあでも、やっぱり女王様には私と同じ安いケチャップじゃなくて、もっとなんかスペシャルな感じのケチャップを食べててほしい気がするから、まあよかったのかな。


◆ロイヤルな調味料を使って朝ごはんを作る


とまあ、先にネタばれしちゃったんですけど、せっかくこれだけ御用達ホルダーの商品がキッチンに集まっているのだから、優雅な気分だけでも味わおうぜってことで、


ロイヤルな(気分の)朝食を作った。


本日のBreakfastは、

目玉焼き:胡椒(Schwartz)+ ケチャップ(Heintz 日本でも知られているハインツさん。アメリカ企業)
ブロッコリー:マヨネーズ(Hellmann's アメリカ企業)
紅茶:茶葉(H.R. Higgins)+砂糖(Tate & Lyle Sugars)
ミニトマト、パン

となっております。

うん、なんだか、朝からちょっと優雅な気分になりますね!
突然の思い付きだったから、ブロッコリーとか冷蔵庫に残っていた芯の部分だけど、ロイヤルワラントの力の前では問題にもなりませんね!


……


さて、優雅な気分でおなかもいっぱいになった後には、







優雅な気持ちで皿洗いだね!!


女王様みたいな気分にひたった12月の朝でした…

◆おわりに


最後は茶番にお付き合いいただきありがとうございました。紋章を知っていると結構楽しいということが伝われば何よりです。

でも、特に意識していたわけでもないのに、御用達業者の商品が手元に集まっていたことには素直に驚きました。

前にも書きましたが、私は高い商品を買っているつもりはなく、たいてい一番安いものか、ちょっと心配な時は二番めに安いものを買っていました。

そういうことを考えると、ロイヤルワラントを保持している業者とは、ベーシックな価値を提供する基礎力がしっかりとあって、その上で王室に対するスペシャルなサービスを提供できる業者と考えることができると思います。イギリスの御用達マークは、高級品の印ではなく、「そういう業者が作った商品」という、信頼の証といえるのかもしれませんね。(もちろんリッチな人にしか手の届かないサービスもありますが)

あと、英国王室御用達ですが、日本の日常生活にもけっこうまぎれ込んでます。
近くのスーパーの紅茶コーナーや、滋賀県のショッピングモールにあった長靴の中に、女王様の御用達マークを発見して驚かされることがありました。


それから最初のほう、メイフェアをまるで恐ろしい場所であるかのように書いてしまいましたが、大変おしゃれで美しいエリアです。敷居が高いことは間違いありませんが、自分は観光客だと割り切ってしまえば、歩くのが楽しくなりましたよ。
御用達ホルダーの密集地帯なので、店先に掲げた紋章を探しながら歩くのも面白いかもしれません。

バーリントン・アーケードやオールド、またはニュー・ボンド・ストリートはおしゃれさMAXなので、ロンドンに行った際はぜひ、のぞいてみてください。


↑世界一古いアーケードといわれ、御用達店が数多く入るバーリントン・アーケード


わけもわからずやってきた私に丁寧に対応してくださり、英国王室御用達に興味を持つきっかけになったHigginsさんに感謝ですね。



参考文献、Web

メイフェア -Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%A2

H.R. Higgins Webページ 
英語版
http://www.hrhiggins.co.uk/

日本語版
http://www.bask-kobe.com/

※Higginsは東京に2店舗、神戸に1店舗支店があるようです。
  ロンドンのお店より4倍くらい高い気がしますが…

Higginsでもらったパンフレット

Royal Warrant Holders Association 王室御用達保持者協会 Webページ
https://www.royalwarrant.org/

※ロイヤルワラントを持っている業者をキーワードなどから検索できます。

王室のオフィシャルWebサイト Royal Warrant
http://www.royal.gov.uk/MonarchUK/Symbols/Royalwarrants.aspx

御用達 -Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E7%94%A8%E9%81%94


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