Have a break, have a Kit Kat! キットカットとヨークの話
もうすぐバレンタイン・デーですね!
ということで、今回はみんな大好きチョコレートの話。
チョコレート菓子って一口に言っても、たくさん種類がありますよね。
たけのこの里、アルフォート、ポッキー、・・・もっと大人っぽいのが好みの人もいますかね。
高校生のころの私は、買い食いなんてほとんどしないような人だったんですが、大きなテストが終わった後とか、少し気分が落ち込んだ日とか、とりあえず自分に「おつかれ」と言いたいような日だけ、駅の自販機でキットカットを買って食べていました。
何となく大学生になってからもその習慣を引きずっていて、今でもキットカットは少し特別なお菓子です。
さて、今では世界中で食べられているキットカットが最初に作られた場所がどこか、みなさんはご存知でしょうか?
実はこのお菓子、私が留学していたヨーク発祥のお菓子なんです!
というわけで、今回は私の大好きなヨークとキットカットのお話です。
◆ヨークとスラムとチョコレート
ヨークのチョコレート産業
現在キットカットを製造している会社は、スイスに本社を持つネスレ(Nestlé)ですが、オリジナルの商品を開発したのは、イギリスのヨークにあった菓子メーカー、ロントリー社(Rowntree's)でした。
産業革命以降、他のイギリス北部の町が羊毛や織物産業、鉄鋼業で富を得ようと躍起になる中、ヨークが選んだ独自の道が「チョコレート産業」でした。
今回紹介するロントリーの他にも、イギリスで有名なテリーズというチョコレート菓子メーカーもヨークが本拠地。
ヨークには18世紀の終わりごろからいくつかのお菓子屋さんがあったのですが、19世紀になって全体の経済が安定し始めると、一気にチョコレート産業が花開きました。
ロントリー社もヨークに工場を開き、ピーク時には14,000人もの従業員が働いていました。現在でも、イギリスで売られているキットカットのほとんどがヨーク工場で生産されています。
また、街中には数多くのチョコレート屋さんや、チョコレートの歴史を楽しく学べる施設があり、ヨークはチョコレートの街として知られています。
ロントリー・ファミリー
そして、この経営者であるロントリー・ファミリーというのが、なかなかすごい人たち。
産業の発展が目まぐるしい20世紀初頭のイギリスにおいて、労働者の生活の質について真剣に考え、行動し始めたパイオニアなのです。
今では観光業で潤い、lovelyとしか言いようのないヨークの街ですが、20世紀初頭の市民の生活は悲惨なものでした。
↑現在のlovelyでしかないヨークのビデオ
開始1分くらいのところでチョコレートが出てくる
低賃金で働かされる労働者が街にあふれ、ヨーク大聖堂で有名な中心部でさえ、スラムのようになっていたのです。
熱心なクウェーカー(博愛と平等を重んじて行動するキリスト教の一派)だった、ロントリー社の社長、ジョセフ・ロントリーとその息子シーボーン・ロントリーは、その状況を何とか改善しようと動き出します。
1899年、シーボーンはヨークで貧困についての大規模な調査を開始します。その方法は、ヨークにいるすべての労働者階級の家を訪問して生活状況を聞くという驚くべきもので、対象者はなんと11560世帯46754人(!)でした。
シーボーンが作った報告書(Poverty a Study of Town Life, 1902, 2nd edition)
うちの大学の図書館にもあった!
図やグラフも多くて、見てて結構楽しい。
地道な調査の結果わかったのは、健康的な生活に必要な最低限の賃金さえもらえないまま生活をしている人々が、ヨークの住民の28パーセントにのぼるという深刻な事実。
その結果を受けて、低い給料の人でも健康的に過ごせる環境が必要だと痛感したロントリー・ファミリーは、1902年、ヨーク郊外の土地を買い上げ(東京ドーム15個分!)、そこに一つの村を作り上げました。
そこは従業員を詰め込んでおくような施設ではなく、家には庭もつけ、学校や病院、公園など、労働者とその家族が健康的に過ごせる設備を準備しました(ロントリーさんの宗教上の理由から、パブだけは作られませんでしたが)。
ロントリーさんがすごいのは、これを従業員だけではなく、他で働く低賃金労働者にも安く貸し出したところです。
会社の利益やチャリティーなどで運営されるこの村のおかげで、多くの貧しい労働者が健康的な生活を送れるようになりました。この村の運営は現在まで続いていて、今でも2800人あまりが暮らしているそうです。
この村の他にも、ロントリー社は3つの財団を運営していて、社会政策の調査をしたり、社会がもっとよくなるように政府に働きかけたりしています。
ちなみにジョセフさんは、1日8時間労働を取り入れたり、年金制度を作ったり、従業員のために専属のお医者さんを雇ったりという近代的な取り組みも始めたよ!
◆キットカット
キットカットはそんなロントリー社の看板商品!
1935年に生産が始まりました。
コンセプトは、
「男性がランチパックに入れて職場に持って行けるようなチョコレートバー」
ロントリー社で働く男性社員からの提案が元となりました。
1935年、最初期のキットカット
(写真は、dailymailの下記サイトより引用)
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2356670/Cadbury-gives-fingers-Nestle-blocking-bid-trademark-KitKat--introduce-rival-breakable-bar.html当時は、チョコレートといえば女性や子供が食べるものという印象が強く、大人の男性がチョコばっかり食べているのはちょっと…という雰囲気がありました。
そんな中、「大人の男性でも、休憩時間とかに気軽にチョコが食べられたらいいよね」っていう考えで作られたのがキットカット。そのため、初期のころの広告では、トラックの運転手さんがキットカットを食べている様子が描かれたりして、男らしさをアピールしてたよ!
Have a break, have a Kit Kat. キットカットで休憩しよう!
という現在まで続く宣伝文句も、まさに「仕事の合間に気軽に食べられる」というキットカットの性格をよく表していますよね。
おいしさと気軽さが相まって、キットカットはイギリスで大ヒット。またたく間にイギリスで一番人気のチョコレート・バーとなり、現在でもその地位を守っています。1940年代から世界進出を始め、日本にやってきたのは1973年のことでした。
1988年、ロントリー社は世界最大規模の食品会社であるネスレに買収され、それ以降キットカットはネスレの商品として売り出されていくことになりました。
◆キットカットの話題あれこれ
世界中で大人気のキットカット。それだけに不思議な話題に事欠きません。
Youtubeより
「10 Things You Never Knew About Kit Kat」(キットカットについて、あなたの知らない10のこと)Youtubeで「Kitkat」って入れて検索したら出てきた動画↓
キットカットの豆知識を10から1までカウントダウン形式で教えてくれる英語の動画なのですが、9,8,7が連続で日本の話題で、一瞬ネスレ・ジャパンが作った動画なのかと疑ってしまうのですが、おそらくアメリカ人がアメリカ人のために作った動画。
その話題というのが、
9、日本のレストランがキットカットを使ったピザを売り出す
8、日本がキットカットに120種類ものバリエーションを生み出す
7、日本の料理人がキットカットをオーブンで焼く
…多分面白い事例として紹介してくれているのだと思うのですが、怒涛の三連続に、なんかほんとすいませんって気持ちになった(笑)
京都の薬局に積み上がる宇治玉露茶葉入りキットカット
ちなみに、季節限定とかご当地キットカットとかで新たなフレーバーを作るというのは、日本にいると普通かと思うのですが、本拠地イギリスでは、この80年間ほぼミルクチョコレート一択です。戦時中に材料が手に入らなくなり、やむを得ずレシピを変更したことと、最近になってやっとビターを出し始めたことくらい。
いろんな味に挑戦するのも楽しいのですが、一つの味で80年間愛され続けるっていうのも、すごいことだよなあと思います。
また、この動画の最後の話題も結構なぞで、「ネスレによると、1年間に175億5000万個のキットカットが世界中で作られているが、イギリスだけで1秒間に550個消費されている」とあるのですが、
その計算だと、世界で作られる175憶5000万個のキットカットのうち、173億4480万個をイギリス人だけで食べつくす計算になってしまい、いくらイギリス人がキットカットを好きだからって流石にちょっとおかしいんじゃないかなーと思います。
他のソース(BBC)では「1秒ごとに47個」となっていて、これだとイギリス人が1年に食べる量は14億8219万2000個。1割よりちょっと少なめで、こっちの方が妥当な感じでしょうか。
BBCより
バナナ vs. キットカット ブラウン首相がキットカット断ち?(2010年2月9日)
Snack stand-off: Banana v KitKat
BBCの記事↓
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/magazine/8504607.stm英国首相もキットカットが大好き!
2007年から2010年までイギリスの総理大臣を務めたゴードン・ブラウンさんに関するニュース。
彼は元々キットカットを1日に4個食べていたが、総選挙に向けてキットカットをやめ、バナナを9本食べる食生活に切り替えたらしい。
英国政府は首相のおやつの切り替えに関して肯定も否定もしておらず、公式スポークスマンは「首相がどれだけのおやつを食べているかは推測の域を出ない」としながらも、「ただ、バナナの方が健康にはいいですよね」と付け加えた。
バナナとキットカットは共にスナック界の雄。勝つのはどっちだ!?
と、それ以降の文面では、様々な項目においてどちらが首相のおやつにふさわしいか、バナナとキットカットの徹底的な比較検討が行われます。
人気、カロリー、脂肪分…と最初の方は真面目な比較なのですが、下の方に行くにつれて何かおかしくなってきて、
危険性…
バナナ:皮を踏むとスリップする危険性がある。痛いし、何より恥かしい。
とか、
民間伝承…
キットカット:日本の親は、子供が試験を受けるときにキットカットで験担ぎをする。キットカットの発音が、日本語での「きっと勝つ」に似ているため。
とか、ちょいちょいおふざけを入れてきます。
ちなみに、この日本独自の験担ぎは、キットカット界隈ではわりと知られていることなのか、英語の文章でもときどき見かけるネタです。
この15項目に及ぶバナナとキットカットの比較検討は、最終的に「神に関する事象」という項目に至るのですが、バナナの完璧な造形に神の実在を確信する人もいれば、かじったキットカットの中央にキリストの顔を幻視する人がいたりと、世界は奇跡に満ちていることだなあ。
さて、大好きなキットカットを断って政治に臨んだブラウン首相でしたが、残念ながらこの記事の3ヶ月後に総選挙で惨敗。責任をとって首相を辞任してしまいました。
◆おわりに
バレンタイン前にちょっと軽ーく、と思って書き始めたら、結局いつもと同じようなボリュームになってしまいました。
調べていて思ったのですが、キットカット業界における日本の存在感でかすぎですね。たくさんのフレーバーを生み出し、新たな食べ方に挑戦し、将来の願いまでかける…英文でも必ず一回はネタにされる勢いです(笑)
昔から慣れ親しんでいるキットカットが、自分の留学したヨークで生まれたということを知ったのは、留学を始めて4ヶ月後くらいのことでした。ヨークの歴史を調べる授業で、題材にされたのです。
すぐには信じられないくらいびっくりしたのですが、その後も別の授業でロントリー・ファミリーのことが取り上げられることがしばしばあって、ヨークにとってロントリー社はすごく重要な存在だったんだなあと思いました。
そんなロントリー社ですが、ネスレに買収されて28年の時が経ち、ヨークの人たちに自分たちが忘れられつつあることを少し気にしています。クウェーカーの信条として、自分たちの功績を声高に叫ばない、ということがあるため、自分たちの名前を刻んだ銅像や石碑などを作ることもできません。
私が取っていた記憶論の授業に、社員の方が来られたことがあって、どうやってロントリー社の記憶を残していったらいいんだろうか、という議論をされていきました。
現在キットカットを製造しているのはネスレなんですが、キットカットを食べるときはぜひ、ロントリー社のことも思い出してくださいね。
参考文献・Web
BBC バナナ vs. キットカット (2010年2月9日)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/magazine/8504607.stm
B. S. Rowntree, 1902, Poverty a Study of Town Life, Macmillan and Co., Ltd. ; London.
Distinations- UK- Ireland
http://www.destinations-uk.com/articles.php?country=england&id=404
ジョセフ・ロントリーについて goo wikipedia 記事検索
http://wpedia.goo.ne.jp/enwiki/Joseph_Rowntree_(philanthropist)
KitKat -wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Kit_Kat
Rowntree trusts - wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Rowntree_trusts
シーボーン・ロントリーについて goo wikipedia 記事検索
http://wpedia.goo.ne.jp/enwiki/Seebohm_Rowntree
Yorvic The Chocolate City
http://www.jorvik.co.uk/the-chocolate-city/