園芸の話~私とボケとボケ協会~
さて、せっかくですので最近の話をしますと、「趣味は何ですか」という質問には、「園芸です」と答えるようになりました。園芸っていいなあという思いは、イギリスのヨークにいたときに感じ始めたことなので、このブログの過去ともちょっとつながっていますね。
社会人になってから1つ目の鉢を買って以降、自分で新しく買ったり実家から送り付けられてきたり、人からもらったりしながら増減し、現在は9鉢を育てています。(1つ目を買うまではいろいろためらったりもしていたのですが、1つ買うとどんどん増えるものですね…)
10年に一度の寒波が到来した日。
-4℃はさすがに寒すぎるのではないか? と思って室内に避難させた鉢たち
それぞれに思い出がありますが、今回は始まりの1鉢、「木瓜(ボケ)」についてのお話です。
◆ボケギャラリー
ボケは中国原産のバラ科の落葉低木で、平安時代ごろに日本に入ってきたと考えられています。(日本原産のクサボケという仲間もいます)
以降わりとひっそり日本に根付いていたようですが、大正時代に第1次ブーム、昭和時代に第2次ブームを起こしたことにより、品種が増大。現在では約200種類もの品種があると言われています。
花の大きさや色は様々ですが、丸っこいつぼみと素朴な花、そしてぎっしり密集して花をつける野性味は共通したチャームポイントかなと思っています。
◆私とボケと
そもそもなぜ私が1鉢目を購入することになったかと言いますと、社会人になるにあたり、父から受けた「何か花の咲く木を育てたらいいよ」というアドバイスがきっかけです。
父は、自身が社会人となって初めて赴任した街の植木市で、小さなカイドウの苗木を買ったそうです。それから40年。父は単身赴任先へもカイドウを連れて行き、世話をし、鉢を大きくしていきました。そして父が定年退職をするころには、その年月を物語るように、カイドウは購入したときの何倍も太い幹を持った、貫録ある姿に成長したのでした。
父が育てたカイドウの鉢。
父が退職して転勤がなくなったため、ますます大きくなっている
その経験もあり、私も含め、これから社会人になる人には何か木を育てることをお勧めしているとのこと。春が来て花が咲くたび、また1年がたったことが実感できる。そしていつか自分の人生を振り返る時、幹の太さがその年月を証明してくれるからと。
どの花木を選ぶかは迷ったところであり(父のカイドウというチョイスは他と被らない感じがシブくて結構うらやましかったですし)、本当は清らかな感じの桜とか憧れがあったんですが、園芸店のおじさんに大きくなるけど育てる覚悟はあるのかと詰められてあきらめたりしつつ、最終的にスーパーの園芸コーナーでワンコインで売られていたボケの鉢に目が留まり、偶然の出会いを信じて購入したのでした。
こちらが私が最初に買ったボケちゃん1号(2017年2月~。写真は1年たった2018年のものな気がする。のちに増えるので1号)。
結果論ではありますが、
・日本で自生できるくらいなので温度・湿度管理が難しくない、病害虫に強い
・難しい手入れをしなくても、毎年安定的に花を咲かせる
・鉢植えでも元気に生育可
と、初心者の私にとってめちゃくちゃありがたい植物でしたね…
あと、2月3月の早い時期に咲いてくれるというところも、4月ではなく1月から働き始めた私にとっては、記念という意味でポイント高かったです(これは私がボケを育て始めたことを喜んだ父が指摘してくれたポイント。ちなみにカイドウは4月中旬くらいの開花)。
花が咲く時期は窓際において楽しんでいます。
前の家での話ですが、朝日に輝くボケを見ながらぼんやり歯を磨くのが好きでした。
◆ボケを愛する人々①
ちなみにそんなボケを強力にバックアップしている組織があります。
その名も「日本ボケ協会」
冗談みたいなネーミングだって? いやいや、これでただ実体を表しただけという淡白さがいいんじゃないですか。見てくださいこの誠実以外の何物でもないホームページ。
本拠地は新潟県新潟市秋葉区小須戸。この地域はボケの生産が盛んで、何とこの地区だけで全国シェアの9割を占めます。世の中に出回るボケのほとんどには、日本ボケ協会のプレートが刺さっています。
小須戸は日本のボケの聖地として、150品種6000本のボケを植えた9300㎡もある日本ボケ公園があったり、日本ボケ祭などを開催したりとボケの普及活動(?)に取り組んでいます。
中でも3月上旬に行われる日本ボケ展には、約2万本ものボケが展示・販売され、全国から2万人ものボケ愛好家(そんなにいるんですね!)が集まるそうです。
↑2021、2022年春はコロナで中止。2023年は今のところ3月3日(金)~7日(火)の日程で開催予定のようです。
私も心は日本ボケ協会員ですし、春先に他人の家で咲いているのを見かけては「あなたもボケ協会員なのですね…!」と勝手に仲間認定して喜んでいます笑
◆ボケを愛する人々②
ボケは比較的地味な花であり、梅や桜のように文学作品や和歌で取り上げられることはほとんどないのですが、夏目漱石はきっとボケが好きだったんじゃないかなあと思います。
「山路を登りながら、こう考えた」で始まる夏目漱石の『草枕』は、洋画家の主人公が山中の温泉に滞在する間の出来事を、古今東西の詩歌芸術の知識を織り交ぜながら描いたものですが、その中でボケ(木瓜)についての長い記述があります。
季節は菜の花や椿の咲く春。草原に寝転んだ主人公の頭の横に、木瓜の小株が茂っている。
…木瓜は面白い花である。枝は頑固であって曲がったことがない。そんなら真直ぐかというと、決して真直ぐでもない。ただ真直ぐな短い枝に、真直ぐな短い枝が、ある角度で衝突して、斜に構えつつ全体が出来上っている。そこへ、紅だか白だか要領を得ぬ花が安閑と咲く。柔らかい葉さえちらちら着ける。評してみると木瓜は花のうちで、愚かにして悟ったものであろう。世間には拙を守るという人がある。この人が来世に生れ変るときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい。
『草枕絵巻(下巻)』(大正15) 奈良国立博物館所蔵
右下の赤い花をつけた低木がボケ
「拙を守る」とは、「要領よく世渡りすることを考えず、純粋に生きていくこと」。漱石の好んで用いた言葉の一つであるそうです。 漱石は熊本で英語教師をしていたころに、このような句も詠んでいます。
木瓜咲くや漱石拙を守るべく
ボケというのは、何というか、すごく坦々と時を刻んでいく花です。春の花が終わると、葉っぱを出し、次に枝を伸ばし、ある程度まで来たらピタリと止まる。そこからは長い間外見にさしたる変化がない時期が続くので、「じっとしているな」と思わされるのですが、寒くなって葉が落ちたとき、その下に来春のための花芽がしっかり準備されている。
1つずつしかステップは踏めないけれど、焦りも迷いも見せずに着実に自分の1年間を進めている姿に、「拙を守る」という生き方が重なるのかなと思います。
あまり特別な手をかけずとも、毎年安定的に花を咲かすのも魅力の一つ。
梅とボケはどちらも春一番に咲く花ですが、私の中では、梅は寒さに耐えてあえて花開く高潔な感じ、ボケは「そろそろあったかくなったので」という理由でぽかんと咲いてみせるイメージですね。
そういう自然さがボケの美学であり、おそらくそれを美学とすら思っていなさそうなところがボケの良さです。
漱石さんもたぶん気が付いていたと思いますが、そういう生き方は思ったより難しくて、あれもこれもと迷い、逆に動けなくなるようなことばかりです。特に何も言わず坦々と生きて前に進んでいるボケを見ると、「君はえらいなあ」と思います。
◆おわりに
ここまでボケについての愛を語ってきたところ恥ずかしいのですが、実をいうとボケちゃん1号は、猛暑の夏に水切れで枯らしちゃったんですよね…。手を尽くしてケアをしたのですが回復せず、最終的に処分することになりました。大変後悔しております…。
その後2号、その翌年に3号を買って、水にだけは気を付けながらかわいがっています。よく考えると、父が最初に勧めてくれた「社会人になった年に買った花木を末永く育てる」という条件から外れてしまっているような…。その辺のあいまいさは許してください。
さて、今年も花屋さんの片隅にボケの鉢が並ぶ季節になりました。私がボケちゃん1号と出会ってから、6回目の春です。
2号、3号の花芽もずいぶん目立つようになってきました。今年は結構寒かったので、咲くのは3月に入ってからかな?
2023年2月11日のボケちゃん2号の様子
また一年がたったことをかみしめつつ(嬉しいけど「また一年たってしまった…」というプレッシャーでもありますね)、まずは街で一斉に開花する花の季節を楽しみたいなあと思っています。
みなさんもよい春を! ボケにも注目してみてくださいね~!
(実は、2022年に日本ボケ協会の本拠地、小須戸に遊びに行ったので、いつかそのリポートもかけたらいいなと思っております)
◆参考文献・出典
・『日本のボケ』日本ボケ協会編, 2009
・「草枕」夏目漱石, 1906
・「草枕絵巻(下巻)」奈良国立博物館所蔵 出典:「ColBase」(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/1154-3?locale=ja)を加工して作成